「めっちゃ大好きだんぢり祭り」 |
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歯 黒 猛 夫 |
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その3 |
| 午前六時。 祭りは始まった。 機動隊員が立ち並び、警察官がスピーカーで怒鳴っている。 「危険ですから、だんぢり関係者以外は交差点内に立ち入らないでください」 何もだんぢりを曳く人間だけではない、見物人もかなり殺気立っている。 「押しないよ、痛いやんか!」 「何いうてんよ、アンタやろ、押したん!」 どこかで誰かが怒声を上げている。 アーケードに覆われた商店街の中では、だんぢりを前に同じハッピをまとった数百人の人間がいっせいに万歳をする。しばし止まっていた囃子が大きく鳴り響く。 纏が上がる。綱が延びる。先頭はやはり、滝田や寺西たちだ。 「寺西!」 朝子が手を振る。しかし、鋭い目付きの寺西の耳には届かないのか、顔を向けることもない。 (滝田) わたしは滝田を見つめた。滝田は出陣前の武将のように、そう、あの武者の彫り物のように険しく鋭い目で綱を引っ張っている。 「ソーリャー、ソーリャー」地の底から響くような掛け声。気分はどんどん盛り上がる。 −ピピー! ホイッスルが鳴る。 「行けぇ!」 声が上がる。 囃子のスピードが上がり、だんぢりは一度大きく揺らぎ、駆け上がってくる。交差点前で一旦停止。大きく深呼吸するように、町の息吹を吸い取るようにしばらく佇む。そして、次の瞬間、大きく動き始めただんぢりは北の方向にすごいスピードで直角に曲がった。 「ウオー!」 だんぢりにハンドルはない。コマは前方にしか転がらない。当然、無理な力が加わる。地面を擦り、横滑りする。ガガ、ガガっと鈍い音が響く。 「ウワー!」 沸き起こる歓声。飛び散る木屑。人速目一杯で走るだんぢり。勢い余って転がり、弾き飛ばされる後梃子。 「すごい、すごい!」 朝子は既に興奮の絶頂にある。 (すごい…) 男たちの真剣な表情。胸に伝わるものがある。安穏としてだらけた日々を楽しんでいるウチの高校では絶対にうかがい知ることのできない強烈な躍動感。 十五年、この町に生きて来てわたしは初めて祭りで感動を味わった。理屈や憶測では計れない血沸き肉躍る衝撃を知った。 次々にだんぢりは上がってくる。誰もが命懸けで必死だ。あんなに嫌いだった匂いに体の芯が疼く。熱気、香り、音。渾然一体となって町を厚いオーラが包んでしまう。 「特別ちゅうもんはエエもんや」 寺西の声が脳裏に浮かぶ。 (そうや、今日は神様に魅入られる特別な日なんや) わたしは瞬きするのも惜しいくらいに入れかわり立ちかわり訪れるだんぢりを見つめた。太鼓や鉦、笛の音がこだまし、町中を埋め尽くす。祭りは始まったばかりだ。そして、わたしは始まったばかりの祭りに早くもKOされてしまうのだった。 その日は登校する予定だった。授業は平常どおりに行われている。けれど、わたしは行かなかった。一日、朝子と一緒に岸和田の町をうろついていた。 出店が立ち並び、大勢の人が行き交う。二十台のだんぢりは途中何度かの休憩を挟んで町を疾走し続ける。 |
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曳き出しの間、何とかもっていた空も、とうとう雨が降り出した。 それでも男たちは厭わず、かえって生き生きとした表情でだんぢりを曳き、曲げる。水滴が汗と混じり、熱気で湯気が立ちのぼる。興奮は一向に冷める気配を見せない。逆に、これが岸和田の日常で、この状態が毎日続くような錯覚に陥ってしまう。 何度か見かけた宮本町のだんぢりの先頭を滝田は真っ赤な顔をして曳っ張っていた。汗と雨が目に染みるのか、メガネを外し、ハッピの袖で何度も何度も顔を拭いつつ歯を食いしばっている。もちろん、それは全員に当てはまること。寺西も他のみんなも黒いハッピを水浸しにして走り続ける。 わたしはそんな滝田と目が合いそうになり、思わず視線をそらしてしまう。胸が高鳴り鼓動が激しい。近眼の滝田にわたしが見えるはずはない。そう思っても滝田を正視することはできなかった。 午後五時で昼間の曳行は終わりになる。夜からはコマ提灯をぶら下げゆっくりゆっくり練り歩く。 駅前商店街は会社帰りや学校帰りの人も加わり、身動き取れないほどごった返す。そんな中に宮本町はだんぢりを据え、提灯を着ける。当然通行人は邪魔者扱い。岸和田の祭りは観客に優しくない。 だんぢりの周囲を綱で囲み、見物人、通行人を押しのけスペースを作る。青年団員の中堅どころがだんぢりによじ登り、鉄製の枠を据え付け、提灯を飾り付けていく。 滝田と寺西は綱を持って通行人が囲いの中へ入らないように留める役目をしていた。 「寺西」 朝子が先に声をかけた。 「おう」 寺西と滝田がわたしたちを見る。再びメガネをかけた滝田は照れたような笑みを浮かべていた。 「何してんのん?」 「何て、提灯踏まれたらアカンやろ、それに、ロッコツ落ちて来ても危ないし」 「ロッコツ?」 「あの、提灯ぶら下げる枠のことや」「ほな、わたしらも入られへんの?」 「当たり前や」 飾り付けられる提灯の数は百近く。それをいったん地面に並べるためのスペースを確保している。幹部らしき連中は車座に座り、次々にぶら下げられていく提灯を眺めては指示を出している。 「カッコよかったで、必死になって走ってたなぁ」 朝子が弾んだ声で寺西に言った。 「そうかぁ、綱先やさかい、も一つやろ」 「そんなことない。綱先でも何でも一生懸命ていうのはエエもんや。あんな真剣な顔の寺西見んのん、ほんま、お祭りだけや」 |
| 寺西の視線は普段でも鋭い。常に何かに対して憤りを抱いているような目を向ける。対して滝田の瞳は常に虚ろでぼんやりしていた。脅えた小動物のようだといってもいい。友人と会話を交わしていても、覚醒覚めやらぬ趣だった。そんな滝田もだんぢりを曳っ張っている間、いや、こうやっている今でも眼光は爛々ときらめいている。 「滝田君、大丈夫?」 わたしはたずねた。 「うん、平気」 「どう?明日も持ちそう」 「平気平気、明日だけやないで。来年も、再来年も、ずっとや」 そのとき、わたしたちの横を擦り抜け、一人の通行人が綱の囲みを潜ってだんぢりのすぐ横を駆け抜けていった。 「コラ!何やってんな、ボケ!人いれたらアカンやろが!」 幹部らしき男の罵声が飛ぶ。滝田と寺西はその声に身を引き締める。 「ほ、ほなな…」 動揺した朝子は言葉少なにその場を離れようとした。 「滝田君、夜も曳くのん?」 わたしは聞く。 「うん、団員はだんぢりが動いてる間、離れることでけへん」 「ほなら、わたしと朝子も宮本に着いて回るわ」 わたしは朝子に同意を求める。もちろん、朝子に異存があるわけはない。 「七時やったかな」 「う、うん」 「ほな、そのときに」 わたしは小さく手を振って朝子とその場を離れた。滝田はぼうぜんとして表情でわたしたちを見送っている。わたしは心の中で何かが変わりつつあるのを知る。滝田に対する感情、そして祭りに対する想い。 筋海町、五軒屋町、少し離れたところに北町の姿が見える。 雨は止み、雲の切れ間からは満月が顔をのぞかせていた。 |
| 朝子の家で夕食をごちそうになって、わたしたちは七時に商店街へと足を運んだ。提灯は既に飾り付けを終え、明かりが灯されている。昼間の豪快さとは打ってかえって華麗な姿を浮かび上がらせている。 わたしたちは寺西と滝田を捜した。引き綱は延ばされ、小さな子供達が親に手を引かれ、あるいは自力で力いっぱいに引っ張っている。ソーリャー、ソーリャーの掛け声が何とも愛らしい。 そのとき、先に赤い小さな提灯をつけた長い竿を持って滝田が現れた。寺西はその横に並んでいる。 「何、それ?」 「これか、これはやなぁ」 寺西は竿の先の提灯を見上げて朝子に説明した。 屋根より高く張り出したコマ提灯は機械操作で上下させることができる。一番上まで上げると六メートル近い高さになる。曳行コースには電線などがあり、そうなると当然、くぐり抜けるために適当な高さまで下げなければならない。この竿と小さな提灯はそんな障害物を事前に知らせる役目を果たすのだと言う。「エー、ほな、一晩中それやってんのん」 「そう、交替で」 朝子はがっかりした様子だった。 夜の祭りは子供達の楽しみであると同時にカップルたちの楽しみでもある。ハッピ姿の彼と腕を組み、手を握り、そぞろ歩いたり、出店を覗いて見たりする。実際、祭りの夜がきっかけで付き合い始めるコも多い。 朝子は寺西との、そんな一時を楽しみにしていたのだろう。 「残念…」 朝子はうつむき加減で言った。 「しゃあないやろ、新団は雑用係や。他のヤツもやってる」 確かにあちらこちらでコンビを組んだ新団らしきメンバーが提灯竿を持っている。 「そんでも…」 朝子は普段絶対見せないような拗ねた素振りをしながら滝田をチラリと見た。 「あ、エエよ、ボク一人でやるさかい」 滝田は朝子の視線に負けた形で言った。 「アホ、そんなこと…」 「キャ、ほんまに、滝田君、ありがとう!」 朝子は飛び上がらんばかりに喜びの声を上げる。 「滝田…」 「かめへんて、どうせ、ボク一人やし。それに、三人は幼なじみやろ」 滝田は笑っている。 「ごめんな、滝田君。ほな、いこ」 朝子は大胆にも寺西の腕を取った。わたしは朝子に誘われるまま人込みの中へ紛れ込む。滝田は空を見上げて提灯を振っていた。 つづく |
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