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  「車椅子テニスバトル」 Vol.11
歯 黒  猛 夫 
 

 GWも最終日の5月6日。岸和田カンカン近所のスポーツドームで行われた「車椅子テニスバトル」に取材で行ってきた。詳しいことは新聞でも報じられていたし、テレビ大阪でも放送するらしいから、そちらの方を見ていただくとして、あくまでも、僕自身が思った感想を一つ。
 “車椅子”、“身障者ボランティア”とくれば、「ああいつものアレね」と考える人は多いかもしれない。そこはかとなく漂う偽善と耳にタコが出来るくらい聞かされるフレーズに、うんざりとはいかないまでも、「好きな人が勝手にどうぞ」的無責任が付きまとっているかもしれない。
 正直に言うと、自分もその部類に入る。
 確かに、介護の必要性や福祉の重要性は認識している。でも、忙しい毎日のたまの休みに時間を割いて、何かお手伝いしようとは思わない。身障者の人が大変なのは分かるけど、こっちだって大変なんだ、そう言う考えを持っていた。
 でも、その考えは間違いというよりも、認識不足だということがこのイベントを見て、はっきりと分かった。

 身障者(この言葉も嫌いなんだけど)の人は当然、車椅子に乗ってプレイする。健常者(これも嫌い)は二本の足で立ってプレイする。車椅子のプレイヤーには2バウンドルールが認められていて、それ以外は全く同じ。聞くところによると、最初遠慮がちだったハンディのないプレーヤーはリレーを繰り返していくうちに真剣になり、相手が車椅子に乗っていようがいまいが、関係なしに打ち込むようになるという。車椅子プレーヤーも2バウンドルールなんかお構いなしに、ボレーを打ったり、強烈なスマッシュを返す。
 これって、結局、普通のゲームじゃない?
 もし、いわゆる健常者が車椅子に乗って対戦すれば絶対に勝ち目は無い。逆にいえば、こっちは足で立ってプレイしていいというハンディをもらっているのと同じことだ。スポーツにはルールという不便が必ず付随されていて、それをいかに克服するかに面白さがある。だから、車椅子使用を義務付けるルールがある新しいタイプのテニスと捕らえれば、べつに、ボランティアとか身障者介護とか言う言葉も必要なくなる。
 ちなみに、僕の視力は0.1もない。メガネは度数の関係で分厚くなるからコンタクトを入れている。これって、ハンディだよね。ボクシングや極真空手なんか出来ないし、ラグビーしてたときでも不便だった。もし、そのための特別ルールとか言うものが出来れば、僕も身障者ということになるんだろうか?

 つまり、車椅子の方は日常生活においてかなり不便を強いられる。これに対しては、不便を余り感じない僕たちが手助けするのは当たり前だ。けれど、スポーツという世界においてのハンディという考え方は、それが、車椅子の人であろうと極度の近視の人間であろうと立場は同じわけだ。それぞれの不便を克服するルールとシステムを構築し、あとは全力で立ち向かう。また、自分のようなテニス初心者はラケットの振り方なんかを教えてもらうことも出来るわけだ。
 その点で、区別や隔たりは存在しない。
 誰が身障者で誰が健常者なんて、見極める基準は曖昧なものだ。そこにあるのは不自由な人とそうでない人だけなんだ。そして、誰もが持ってる足りない部分(それは精神的や能力的にも)を与えることの出来る誰かが補っていく。逆に、自分たちの足りない部分、不自由な部分を補ってもらう。すなわち、身障者と言われる人に自分が助けてもらうことがあるかもしれない。乙武洋匡さんに文章の書き方を教えてもらうことだってありえるわけだ(是非)。健常者といわれる人間だけが助ける側に常に立っているなんて傲慢も甚だしい。そんな当たり前のことを声高にして言わなければならない社会は絶対におかしい。完成された人間なんてこの世の中には一人としていないんだ。自分はつまずかないでも、誰かの為に目の前の石を拾う。こんなこともできない世の中はバカバカしいというより悲しくなる。
 そう思いませんか?小泉純一郎さん

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