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「Driving Course to 加太」 |
Vol.9 |
| 歯 黒 猛 夫 |
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高校2年のときの夏休み。泉州ビルのビアガーデンのバイトと早朝の新聞配達で金を貯めバイクを買った。カワサキのZ250FT。お金も無かったし、Four−1は生産中止だったし、FXはまだ発売されてなかったから、250の中でも一番カッコ良かったこれにした。
友達と一緒に白浜に行ったり、鳥取に行ったり、色んなとこに行ったけど、一人で出かけたのは加太だった。
19になって車の免許を取った。最初に乗ったのは兄貴が叔父から安く譲ってもらったケンメリ(スカイライン)の4枚ドアだった。
僕は社会に出ていたけれど、周りは学生が殆どで、しかもみんな貧乏人。仕方ないから。何かあると僕が車を出して運転手を務めていた。
その次は20歳のときに兄貴と一緒に買ったラングレーGT。当時はハッチバックの車が大流行していて、赤のファミリア・サンルーフ付きが一世を風靡していた。ラングレーはパルサーの兄弟車(グロリアとセドリックみたいな関係)で日産プリンスが独占販売していた。
車に乗っても一人で走るコースは同じだった。混雑を避けて裏道を通り、深日のロータリーから多奈川、小島を通り、海岸沿いを気分よく流して加太に出る。今でも26号線を殆ど通らずに深日まで抜ける裏道を知っている(極秘、応相談)。大川峠の急カーブでタイヤを鳴らしながら走るのが快感だった。
その後、最初の店を潰し、困窮生活を余儀なくされ、ようやく転職に成功し、まとまった金が入り出したのでアルトを買った。けれど、その仕事も2年で辞め、転職に転職を繰り返し、2回目に店を始めたころはアルトもボロボロになっていたので、ワゴンRを買った。
今でも、気分が良かったり、逆に落ち込んでいたり、考えがまとまらないときは加太まで走る。単車のころは樫井川のところまでしか通じていなかった26号線も延伸し、トンネルをくぐれば峠道を越えることなく行きつくことができるが、右手に大海原を眺めながら走るのは今も昔も同じだ。窓を開けると風に混じって潮の香りが鼻を擽り、煌き崩れる波頭が気分を爽快にしてくれる。淡島神社から別荘地に通じる辺りで車を止め、缶コーヒーでも飲みながら一服する。友ケ島が目の前にあって、紀淡海峡の向こうに船が浮かんでいる。
その後、和歌山市内を抜けて岩出方向に走り、山中渓か風吹峠か犬鳴山を越えて岸和田に戻る。そのころになると、気分のいいときはいい時のまま、落ち込んでいるときには元気が出て、まとまらなかった考えも収拾がつき、時にはとんでもないアイデアが生まれていたりする。
単車を含め一番長く乗っていたのはラングレーで、思い出も一杯詰まっていた。気に入った女の子とドライブしたり、付き合っていた女の子と別れ話をしたり、男同士で朝まで騒いだり、初めて東京に出かけたときも名神〜東名を駆け抜けた。
けれど、事故で廃車にしてしまい、ある日偶然、工場で鉄の塊にされ、無造作に積み上げられていた姿を見たときは涙がで出そうになった。
本当は加太に隠れた穴場があるんだけど、誰にも教えない。桜がきれいで、ご家族連れでもOKの場所だけど、大事な人にしか教えていない。多分、これからもずっと。 |
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