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  「パチンコ・ノスタルジー」 Vol.2
歯 黒  猛 夫 
 

 僕はパチンコをしない。しないというより、やめた。別に大負けしたとか、痛い目に遭ったとかいうわけではなく、気がつくと足が遠のいているといった感じだ。つまり、十八、十九、二十歳のころはそれなりに通いもした。今は生き方そのものがギャンブル化してしまっている。
 僕たち世代がパチンコをやり始めたころはちょうど、電動式が普及し始め「おー、これは楽やんけ。便利になったもんや」と思ったものだ(それまでは手で弾くやつ。分からない人は三〇代後半以上の人に訊ねましょう)。しかし、フィーバーもブラボーもなく、いわゆる、チューリップかヤクモノ目当てに天を狙うという、オーソドックスなタイプが主流だった。天の穴に入れば全てのチューリップが開き、ヤクモノに入ればいろいろなチャンスが発生するという、今の台と比べればのんびりした代物だった。だから、百円玉5つもあれば二時間、三時間、遊ぶことができ、そこそこ小遣い稼ぎにもなった。小箱、大箱(ロングともいう)と玉を入れる箱が二種類あって、大箱で確か四千円くらい、終了で二万円くらい。運が良ければ二百円で終了までいけたから、へたにアルバイトをするより実入りは良かった。

 そんな僕たちが良く通ったのは駅前か五軒屋町にある「いすゞ」だった。特に「いすゞ」は友人宅でもあり、経営者であるオッちゃんもオバちゃんも顔見知り。時には堺町にあった「ニコニコ会館」にも足を運んだ。しかし、ホームグランドともいえるところは、やはり岸和田駅前に並んだ4軒の店だった。
 当時、大学浪人をしていながら予備校にも行かず(途中で辞めた)、図書館ばかり通っていた僕たちは、自習室に荷物を置くとそのまま駅前へ。不機嫌そうな表情の店員がカギをジャラジャラ鳴らし、「イ〜らしゃいませ、イ〜らっしゃいませ」とアナウンスが鳴り響く店の中で、咥えタバコをくゆらせながら台に向かっていた。持ち合わせがなくなると、一緒に行った誰かから借り、それを元手に巻き返しを図り、返すということもやってのけた。貧乏浪人だった僕たちが、毎日のコーヒー代、タバコ代、昼食代に苦労しなかったのは少しだけの小遣いを稼がせてくれるパチンコのおかげだった。

 最近、貝塚にある「マルハン」に取材に行った。毛染め・長髪を禁止されたスタッフの応対は折り目正しく、丁寧。流れるのは独自にアレンジされたBGM。店の外観にケバケバしさがなく台のスペースにもゆとりがある。しかし、吐き出される玉の音は耳をつんざくばかりだし、客が一回に使う金額も二万から三万だという。もちろん、勝てば十万、二十万の世界だろうが、何かがちょっと違うような気がする。無愛想な店員が行き交う胡散臭い店の中で、少しの玉の動きに一喜一憂する。そんな店は、もはノスタルジーにしか過ぎないんだろうか。
 四軒並んでいた駅前のパチンコ店も今営業しているのは「オリンピック」一軒だけ。「ニコニコ会館」もなくなった。「いすゞ」の息子は跡を継いで社長になりがんばっている。
「今度暇ができたら久しぶりに遊びに行こうかな」
 取材を終えた車の中でふと思ってしまった。

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